丿貫(へちかん)に行ってきた
横浜に行ってきた。
桜木町の駅を降りて少し歩くと…
初めてきた野毛。金曜の夜だが、時間が早いせいか歩いている人はちらほら。
活魚の店だろうか、表の水槽にイカが泳いでいたり
店先にマネキンが置いてあったり
明らかに日本の商品ではない飲料が売られている自販機
何か独特な雰囲気だ。
大岡川を渡り、福富町の丿貫(へちかん)という居酒屋に入る。
昼はラーメン屋、夜は大矢孝酒造という神奈川県の蔵元の酒専門の居酒屋だ。
夜もラーメンをやってると思って入って来るお客さんもいるそうだが、夜は基本的にラーメンはやっていない。
カウンター10席ほどの小さな店で、男性が一人で切り盛りしていた。
19時のオープン後、間も無く店に入ったが、すぐにほぼ満席になった。人気店のようだ。
一つの蔵元の酒だけを専門に扱う居酒屋は珍しいので気になっていた。
今日訪れたのは、大矢孝酒造の蔵元さんと工場長が来店するとのことで、これを機に行ってみようと思い立ったのだ。
ちなみに大矢孝酒造の主な銘柄は残草蓬莱(ざるそうほうらい)と昇龍蓬莱がある。
この日は涼しく、ビールは頼まずいきなり燗酒からスタートした。メニューには無い蔵元さんおススメの平成24年度醸造のものは独特な味と香りがした。聞いてなかったが、米は雄町だったのかも…味が乗っていて美味かった。
つまみは280円からと良心的な価格だ。俺は冷奴とイカの沖漬けを頼んだ。
お隣のご常連も、蔵元さん目当てに来店されたそうだ。しばし日本酒談義に花が咲いた。
時間は20時を過ぎ、これからもお客さんが続々来店するだろうから、三合飲んだところで、引き上げることにする。
帰り際、蔵元さんと少し話をした。今年、酒造りに使用する酒米の状況は良く、福島の収穫前の圃場が特に良かったと言っていた。その酒米で醸した酒を、何年後かにまた同じ店で蔵元さんと「あの時はこうだったね」なんて言いながら一緒に飲んでみたいものだ。
全国きき酒選手権大会 東京予選
ツイッターで締め切りが近い事を知り、思わず応募してしまった「全国きき酒選手権大会 東京予選」
応募者多数で抽選らしいが、当選のメールが来た。
今年から有料になったそうで、参加費1000円を払って参加してみることにした。
会場に来てびっくりしたのは、2年前に予選を突破して全国大会に出場した友人が参加していた。俺は彼には出場する事を伝えていたけど、自分も出場するとは一言も言ってなかったのに…
彼は俺を驚かせて、終わったら一緒に飲みに行こうと思っていたそうだ。もちろん飲みに行こう!
知り合いが居て、一気にアウェー感が無くなって緊張がほぐれた。と言ってもそれほど練習もしてないし、気合いも入って無かったのだが…
19時になり開会式が始まり、日本酒造組合中央会の方の挨拶と、競技委員長からきき酒の方法や注意点の説明があって、すぐに大会が始まった。
抽選で選ばれたおよそ100名が20名ずつ、5つのグループに分かれていて、まずは2組のグループが別室のきき酒会場に向かって行った。
俺は3組目のグループだった。スケジュールを見ると、あと30分は開会式のあった会場で待機しなければならない。大勢の人がいる中で待たされるのはとても苦痛なので、一人離れて、エレベータホールでストレッチなどをして精神を集中させた。
30分ほどで前のグループが戻って来て、係の人の案内できき酒会場に通された。
テーブルには、酒の入ったコーヒーサイフォンのようなな容器が、アルファベットのAからGまで7個並んでいる。その隣のテーブルには全く同じ様に7個の容器がイロハの順でイからトまで並んでいた。
これは見本の容器。下からグラスで突き上げると酒が入る仕組み。
同じく見本の、口に含んだ酒を吐く「吐き」と呼ばれるもの。
「吐き」には日本酒センターと書かれていた。昔、銀座にあったなぁ。
まず7分間で、AからGまで7種類の酒のきき酒をして、自分の好みの順番で1から7の番号をつける。
その後、1分間のインターバルをはさみ、隣のテーブルのイからトの7種類の酒のきき酒をして、前のテーブルのAからGのどれかを決めるのだが、最初の7分間で好みの順番に番号をつけた。ここが採点で重要視される部分だ。
例えば1つ組合せを間違えた場合、間違えた酒の好みが近い番号なら減点は少ないが、遠い番号なら減点が大きい。
しかし、全問正解しなければプレーオフには出られないだろうから、間違えた時にできるだけ減点を少なくしようという考えは、潔く捨てた方がいいと、前述の友人に教えられていたので、好みの順番はつけない作戦にした。
いよいよ時間となり、きき酒をやってみたのだが、時間を気にしなければならず、かなり難しかった。
結果発表では、6名の方がプレーオフに進出した。
俺の結果は散々で、同じくプレーオフに進出できなかった友人と終了後に、新橋のビアホールに飲みに行った。
きき酒選手権大会よりも飲み会の方が楽しかった。来年はもう出るのはよそう。
きき酒の会場を出る時にお土産として、清酒グラスを貰った。柳宗理デザインの居酒屋なんかでよく見かけるグラスだ。我が家にも日本酒イベントで貰った同じグラスが2〜3個はある。多分、今回の参加者の大半が日本酒ファンであるから、同じグラスを持っている人は多いのではないだろうか。これはいらないよなぁ、と皆さん思っているはずだ。
箱を見ると「佐々木硝子株式会社」とある。
佐々木硝子は2002年に東洋ガラスと統合していて現在は、「東洋佐々木ガラス株式会社」になっているので、少なくとも14年以上前に作られたモノらしい。日本酒造組合中央会の倉庫に眠っていたのだろうか?グラスの底には佐々木ガラスの刻印もあったので、そんな意味ではレアなグラスなのかもしれない。
昨年まではお土産は無かったそうだが、今年からは有料になったので、お土産を用意したのだろう。貰っておいて何だが、グラスなんかいらないよなぁ…
親バカ子バカ展に行ってきた
朝から雨が降っていた10月9日の日曜日、雨は昼前に止んできたので、東京の乃木坂と表参道の間にあるギャラリーに、イラストレーターの「みうらじゅん」さんと、みうらさんの娘でグラフィックデザイナーの「くどうひかり」さんの「親バカ子バカ展」を観に行った。
http://www.1101.com/tobichi/#!/home
みうらじゅんさんといえば、昔から雑誌やテレビでお見かけしていたが、生活感が無くて結婚してお子さんが居るようなイメージが無かった。
こんな立派なお嬢さんが居たとは…
ギャラリーの一階には、みうらさんがひかりさんのために、全国各地の神社を巡って集めたお守りと、ギャラリーを訪れたお客さんが書いた絵馬が飾られていた。絵馬を書くと無料でおみくじガチャが出来るそうだ。
二階に上がっていくと、ひかりさんの幼少の頃からの写真が飾られていた。
ひかりさんからみうらさんへ書いた、幼少の頃からの手紙を、みうらさんは全てファイルしていたそうで、そちらも展示されていた。全てファイルしてあるなんて凄い!
ここまで観てくると、みうら家に遊びに行った様な気持ちになる。
中でも俺が気になった一番の展示物は↓
観光地なんかに置いてありそうな、「親バカ子バカ顔出しカンバン」だ!
グループで来たお客さんは、皆さんこぞって穴に顔を嵌めて撮影していた。
俺は一人で来たのだが、ギャラリーの方にお願いして、みうらさんの方に顔を嵌めて撮ってもらったが、恥ずかしいのでここには掲載しない。
会場の一番奥では、ひかりさん本人が、この展覧会のために製作した「うまい棒親子バカ味」を来場したお客さん一人ひとりに手渡していた。
1200本作った製作費は、みうらさんと、この展覧会の名前を「親バカ子バカ展」とつけた、糸井重里さんが半分ずつ出したそうだ。
10日には無くなりそうなので、欲しい方は早目に行くといいだろう。
パッケージデザインはひかりさんだ。
ひかりさんは陶芸もやられていて、作品をこちらで展示・販売もしていた。
プロジェクターでは、ひかりさんのグッズ販売の紹介動画が流されていて、みうらさんが寅さんばりの口上で商品を面白おかしく説明していた。
俺も、みうらさんの口上に乗せられる様に、ひかりさんの小冊子を購入した。
小冊子のおまけに、ひかりさん作の陶器のピンバッジも頂いた。
ちょっと面白くて、ほっこりした気持ちになるそんな展覧会だった。
13日までやっているので、お近くの方は行ってみてはいかがだろう。
追記
翌日、仕事帰りにまた寄ってみた。
昨日は書かなかった絵馬を書いて、「親バカ子バカおみくじガチャガチャ」のレバーを回すと、
みうらさんは焼肉奉行らしい。吉だった。
その後に顔出しカンバンにもう一度チャレンジした。↓
大江戸日本酒まつり 2016に行ってきた
今日は、東京の神田の金物通りで行われている大江戸日本酒まつりに行って来た。
昨年は、土曜日の開催だったので仕事で行けなかった。神田明神で開催されていた時以来、2年ぶりの日本酒祭りだ。
開始時刻の10時すぎに会場に到着したのだが、すでに多くの人でごった返していた。
すっきりと晴れて気温も上がり、長袖では暑いくらいだ。
馴染みのお店が出店していたので、まずはそこから回って行った。
会場をぶらぶらしてると色々な人に会った。この手のイベントは、たまにしか会えない人に会えるのも楽しみの一つだ。
太田和彦さんや尾瀬あきらさんのサイン会ブースがあったけど、こうして会場を”ふらり”としていたのでパチリ。
日本酒祭りの名物男のOさん。
彼は大阪からこの日のためにわざわざやって来た。大阪の日本酒イベントでもスタッフとして必ず参加している。
日本酒のイベントには欠かせない名物男で、日本酒ファンなら、福耳でいつも朗らかなこの顔を知ってる人も多いはずだ。
今日は神田新八のブースで祭りを盛り上げていた。
大阪の日本酒BAR「蔵朱」のブースのお手伝いをしていた。ちなみにこのアフロヘアはカツラではない。
震災の原発事故以降、自身の電気をほとんど使わない生活を書いた記事が話題になり、報道ステーションにコメンテーターとして出演していた。その後、昨年9月に朝日新聞を突然退社した。稲垣さんの著書「魂の退社」にその辺の事は詳しく書いてあるので、興味のある方はこちらをお読みいただきたい。
稲垣さんは燗酒好きが講じて、ちょくちょく酒蔵で造りの手伝いや、居酒屋でバイトしているそうで、今年のGWに、大阪の燗酒の店「燗の美穂」を訪れた際にバイトをしていて、その時にお目にかかっていた。
そしてこの人が「燗の美穂」の店主の美穂さん。「蔵朱」のお手伝いで大阪から来ていた。苗字は菅野さんではないぞ。
お気づきだろうか?皆さんが同じTシャツを着ている事を。
「COLD BUSTERS」の文字と似顔絵が描かれている。その似顔絵の方が↓
大阪の燗酒の名店、「蔵朱」(クラッシュ)の大将の大西さんだ。
大西さんが大阪から秘蔵のお酒を持って来たと、神田の日本酒BAR「福33」の女将が教えてくれたが、大人数のイベントなので二合チロリでまとめて燗をつけると思っていたので、俺は他のブースを回っていた。
このような、たくさんの人が集まる日本酒のイベントでは、燗酒はまとまった量で温めるのが普通だ。だからこちらが好みの温度に出会う事は少ない。燗酒好きな俺としては、このようなイベントでは、燗酒の味や温度にあまり期待はしていない。
だが異様な人だかりのブースを見ると、大西さんが注文ごとに一杯60ml または 120mlずつ、丁寧にお燗を付けていた。なんというこだわりだろう。俺は思わず続けて二杯も頼んでしまった。
大西さんのお燗テクニックは素晴らしい。温度は熱めだがちょうどいい加減なのだ。思いもかけず美味い燗酒を楽しむ事ができた。
これでまた、大阪に行く楽しみが一つ増えた。
サウナリゾートオリエンタル
今日は仕事終わりに、東京は港区赤坂にあるサウナリゾートオリエンタルに行ってきた。
地下鉄の赤坂見附駅から徒歩1〜2分、千代田線の赤坂駅からだと5〜6分という立地だ。
センチュリオンホテルグランド赤坂の二階がサウナリゾートオリエンタルになっていて、ホテルの入口から入って、フロントの前を通過してエレベーターに乗って、二階のサウナの受付に行かなきゃならないので、極めて分かりづらい場所にあるサウナだ。
「宿泊のお客様のためのサウナですけど、一般のお客様もどうぞ」、みたいなスタイルかもしれない。
1時間コースが1200円からと、都心にあるのにリーズナブルでイイね。
設備は割と新しい。洗い場はシャワーブースになっていてカランは無い。場所柄、外国人が多く利用するので、座って洗うスタイルでは無いのだろう。
店内のBGMは和楽器の邦楽が流れていて、和を意識している。
湯舟はホワイトバスと、ジェットバス、水風呂の三つ。
サウナは一つで、定員は詰めて10人位。温度は100度でちょうど良い温度だ。
一番大事な水風呂の温度設定は15度前後だ。
前回来た時、水温計の針は14度を指していて、すこぶる冷たく感じた。今日は16度だった。たった2度の違いだが、それほど冷たくは感じずにそこそこだった。
ロウリュもやっているのだが、俺はロウリュは嫌いだ。
お店の人が、サウナストーンにアロマオイルの入った水をかけて、サウナ室内の湿度を上げ、体感温度を上昇させ、更にうちわやタオルで扇いでくれるのをロウリュと言うが、サウナには一人で、しかも誰にも干渉される事なく居られるのが好きで行ってるので、他人にうちわで扇がれるのは好きでは無い。
それを除けば、店員さんがこまめに見回って清掃などが行き届いており、気持ち良い空間が保たれているので、快適なサウナである事は間違いない。
レストルームにはリクライニングチェアがあって仮眠もできる。
スーパー銭湯のような食事処は無い。生ビールとつまみで一杯飲る事は出来ない(ロッカールームの自販機にビールは売っている)ので、長時間滞在する感じの店ではない。
立地がとても便利なところにあるので、仕事の合間や飲み会の前なんかの短時間で、サウナに入ってスッキリする、そんな使い方のできるお店でした。
世田谷ピンポンズさんのライブに行ってきた
9月25日の日曜日、 朝からプチツーリングに行って、家に帰ってバイクにハクビシン対策を施した。その後に、高円寺の本屋で14時からの「世田谷ピンポンズ」のライブに行った。
このブログの読者の方は「世田谷ピンポンズ」?って思う方もいらっしゃるだろう。名前から連想するに、世田谷区のご当地アイドルっぽいからね。
実は俺も、この人達って何だ?と思っていた。以前ブログに書いた高知県黒潮町の「あかつき館」館長のYさんのブログに「世田谷ピンポンズ」という名前が度々登場していたからだ。
調べてみると「〜ピンポンズ」と複数形だが、一人のフォークシンガーの名前だった。
何故この人が「あかつき館」のYさんと交流があるのかというと、彼は高知県黒潮町出身の小説家「上林暁」の作品の世界観が好きで、上林の小説「星を撒いた街」をモチーフに「紅い花」という曲を書いていた。その曲のCDをYさんに送り、その後「世田谷ピンポンズ」さん自身も「あかつき館」を訪れていて交流があった。
世田谷ピンポンズ 「紅い花」 2014.7.12 古本酒場コクテイル書房 - YouTube
また、上林ファンの又吉直樹とも交流があり、又吉のライブで、彼の書いた詞に「世田谷ピンポンズ」が即興で曲をつけた「自転車を漕いだ秋」と「アナタが綴る世界」の二曲がある。
そんな縁があって昨年「あかつき館」で又吉直樹の講演会が開かれ、「世田谷ピンポンズ」さんのライブも行われた。
俺はそれを知ってから、ツイッターで彼のライブ情報をチェックしていて、ライブの告知を見つけたら行こうと思っていたのだ。
という訳で、高円寺へ電車でGO!
本屋は高円寺駅北口の目の前だった。
店内にはこんなポスターが。
店内奥左側の可動する本棚を移動して作ったスペースで、ライブが開かれるようだ。
特設ステージには、YAMAHAのギターが置かれていたので、サウンドホールの中を撮ってみると、
YAMAHA GUITAR FG180 NIPPON GAKKIと書いてあった。日本楽器製造はYAMAHAの旧会社名だからかなり古い。40年以上は昔のギターだろう。どんな音が鳴るのか楽しみだ。
着席して5分ほどで「世田谷ピンポンズ」さんが登場してライブが始まった。
MCでは、本屋でのライブのオファーが多く、自身も本屋と喫茶店でライブをするのが気に入っていると語っていた。
確かに古書店とか純喫茶なんかの渋い店で、彼がギター一本で歌っている姿は確かに似合う。しみじみと聴き入ってしまいそうだ。この日もそんなライブだった。
本屋の店員さんがライブの冒頭で彼を、「今の時代に、最も聴かれるべきフォークシンガー」と紹介していた。
彼の歌を聴いていて俺もそう思った。何だかジワジワ来る!
YAMAHA FG180の音も良かった。PA(スピーカー)を通してない生音だったのだが、実にいい音で店内に響き渡っていた。長い年月を経ているだろうが、状態も良く、木がいい具合に乾燥しているようだ。
やっぱり音楽は、ライブで聴くのが一番だと思う。俺も押入れからギターを出して、久しぶりに弾いてみたくなった。
アンコールを含めて全8曲、時間にすると1時間弱だが、聴きごたえのある、いいライブだった。
ライブ終了後にはサイン会があって、店内で購入したアルバムにサインをして貰った。ここは本屋だからサイン会の整理券には為書(ためがき)の欄がある。自分の名前を書いて渡したが、良く考えたらCDジャケットに自分の名前が書かれてあるのはダサい。それに俺の名前は画数が多いので迷惑だろうと思い、書かないでもらった。
その時、ピンポンズさんにギターのことを聞いてみると、1970年製とのことだった(やっぱりね)。ピンポンズさん自身は、ギターがよく鳴っているかは、自分では分からないと仰っていたが、俺はいい音だと思う。
次回の東京でのライブは、いつあるのだろうか?今度は何処かの渋い喫茶店で、生声と生音で聴いてみたい。
9月25日プチツーリング
今回はバイクの記事です。
久しぶりに雨が上がった日曜日。職場の仲間とまたまた、オシャレな街へプチツーリングに行った。
いつものココだ!
7時集合だったが、俺はノラ猫にバイクを悪戯されたようで、出発するのに手間取ってしまった。シートをかけていたのに…
近所の猫好きなオジさん(通称猫じい)に「ハクビシンかもしれないねー」と言われた。そういえば最近、どう見ても猫では無い動物に遭遇した。夜だったので良くは見えなかったが、尻尾が相当長かった。ハクビシンの目撃情報が近所では多発していた。あれだったのか?
朝から洗車して綺麗になってGO!
道は空いていて、あっという間に到着。
すると遠くに皆の姿が見えたので、ついて行くとオシャレなカフェに入って行った。
店の中で合流すると、皆今着いた所だった。
紅茶のティーバッグのひもは糸で編まれていてこれだけで高級感がある。高級なお店の様だ。
やはりハクビシンがいる下町とは違う…朝からオシャレな食事。店を出る時には近所のセレブリティの皆様御用達らしく、オシャレな人達で、朝から店は混雑していた。
店を出て皆のバイクを撮影。
ノートンとYAMAHA SR400とKawasakiGPZ400。乗りやすさ重視の俺のバイクとは違い、皆さんの個性が強く出ている。
ここからいつもの原宿まで走り出し、あっという間に着いた。
ここで皆さんのバイクのこだわりの部分を紹介しよう。
YAMAHA SR400 セパレートハンドル左のデコンプレバーは付いていない。
俺も同じSR400に乗っていた時に、「デコンプなんか付けてない方がカッコいいんだ」と言われて取っていたので、コレがカッコいいんです。
ステップもノーマルよりも後ろに付いている。
ノーマルのステップ位置はカフェレーサーに乗ってる皆さんに言わせると前過ぎるらしい…俺はノーマルでしたけど。
続いてノートン。 1958年製という事で俺より年上だ。2気筒の600cc。
まず気になったのはこれ↓
左側に剥き出しのベルトドライブ。ペダルはリアブレーキ。チェーンも剥き出しだが、ステップのすぐそばでの剥き出しはさすがにマズくないか?このプチツーリングの主催者のノートンのオーナーはあまり細かい事は気にしないようだ。
変速ペダルは右側にあった。
燃料タンクはベルトで留めてあるだけなので、すぐに脱着可能。
これはオイルタンク。
これはキャブレター。チョークは付いていない。ティクラーというプッシュボタンを数回押し、ガスを濃くしてから始動させるそうだ。
ボルト類を細い針金で結んでいるのが各所で見受けられる、これは…
ボルトの緩み防止だそうで、緩まない方向にねじってあるという。スプリングワッシャーやハードロックナットなんかは無い時代なので、あまりに原始的だが、振動の多いバイクだからこそ当時の技術者が考えた最善の方法なんだろうな。
俺はハクビシン対策を施さなけらばならないので、ここで解散し家へ帰った。